人と人を繋げたい
実家の広島に戻ってからは県内の病院でパートとして働きながら、仕事後の時間を利用して社交ダンスのレッスンに通っていました。
病院では人間関係でうまくいかない。社交ダンスでは自分のレベルが上がらず納得いくダンスができない。何事もうまくいかず、気持ちが落ちていく一方でした。
そんな時、友人が県外にあるゲストハウスへ連れて行ってくれたんです。そこでは、空間の良さや運営している人の温かさもあって、とっても元気をもらいました。
そこからゲストハウスが気になりだしたんです。実家の近くにもあり、そこで新しく友人ができ、居場所にもなりました。
当時、私は心が病んでいたので、ゲストハウスにいることで癒されているのがすごいわかったんです。
病院を退職することを決め、その後、長野に長期間滞在する機会がありました。ある会社の立ち上げのために拠点となる場所のリノベーション作業を手伝うことになります。
そこにはSNSを見て集まった人たちでいっぱいでした。人見知りな私は不安もありました。
でも、そこでは一つ一つの作業をするごとに「ありがとう」って言ってもらったり、皆で一緒に現場メシを食べたりして、温かい時間を過ごすことができたんです。
おかげで仲間もたくさんできました。作業場から近いゲストハウスの空間も居心地良かったです。
長野滞在で一番感じたことは人の繋がりでした。だから、人の繋がりができる場所を作りたい。その時、私がやりたいと思ったのはゲストハウスでした。
その後、結婚し山口県へ引っ越してきました。ゲストハウスをやりたい気持ちは変わりませんでした。
ただ、私は一人でやる勇気はなかったんです。経験がある人や誰かのサポートを受けながら一緒に運営し、ある程度自分が納得いく力をつけたら一人でやっていこうと思っていました。
時には、物件を探し回ったり、時には、リノベーション現場の手伝いをしたり。周りの仲間たちが自分の思いを形にしていくのをいながら「私は何をやりたいんだろう?」と思っていました。
ゲストハウスをやりたいと思ったのは、自分が病んでいた時に、元気をもらったり色々な人と繋がれたりしたからです。
だから、逆に自分が誰かを癒す時間を提供できる人になりたいと思ったし、その空間で人と人を繋ぐ仕事をしたいと思うようになりました。
2年前に長男を出産しました。妊娠してから出産するまでの半分の期間はずっと体調を崩していて…。悪阻(つわり)が酷くて、入院していた時期もあったんです。
入院以外の期間は夫の実家でずっと横になっていました。その時思ったんです。健康な体があればいいって。悪阻を経験し、家を建てた時から私の中で少しずつ考え方が変わっていきました。
家を建てたことで友人たちが集まり、皆でご飯食べたりお茶したりして、居心地が良い時間を一緒に過ごせたんです。
たまに、友人がその友人を連れてきてくれて、そこから新しい出会いや繋がりが生まれることもありました。
何をするにも健康な体でないとできないし、やりたかったことが家で実現している。出産や家を建てたことで、やりたいことを叶えるために一つの事に拘らなくてもいいのかもしれないと思うようになりました。
答えが見つからなくてもいい
今年『訪問看護ステーションきみかげナース』(以下:きみかげ)の立ち上げに関わらせていただきました。
声をかけてくれたのは“きみかげ”の社長で、社会人になって最初に勤めた病院の先輩です。私は訪問看護の経験があったので、結構大変であることはわかっていました。
でも、社長のやりたいことを聞いた時に心魅かれてしまったんです。例えば、終末期で「奥さんと海に行きたい」「家族と外食に出かけたい」「旅行に行きたい」と思っている患者さんがいるとします。
しかし、その思いを実現するにも保険は適用されません。その適用されない部分について、患者さんの思いを叶えるためにサポートしていこう。そんな思いが“きみかげ”には込められているんです。
私は現場の看護師としても営業としても携わっています。会社を立ち上げに関わらせてもらったことで看板を背負っている感覚が出てきました。だからか、病院勤務の時とは違い、心構えも違います。
「この人のニーズを引き出せたらいいな」
「そうすることで何を叶えてあげられるだろうか?」
現場に足を運ぶ中、そんな風に意識するようにもなってきました。
患者さんとの時間を通して、見えてきたものに対して、ちゃんと応えていきたい気持ちです。
今もう一つ関わっている仕事があります。それは美容商材の販売営業です。私は産後も体調を崩していました。
友人から温活系の下着を取り扱っているサロンを紹介してもらって、そこで試着してみたら、体が癒されていくのがわかったんです。
その時、東京ディズニーランドやゲストハウスで元気をもらった感覚に近いものを感じて。そのまま、その会社の営業職に就いて、美容室やサロン等に回りました。
看護師視点で商品を紹介し、それで商品を扱った人が楽になったという声を聞くと嬉しい気持ちになります。
場所や空間ではないけど、自分で足を運び、思いを伝えることで色々な人が繋がっていく光景を目にして、それが面白いと思うようにもなりました。
(写真提供:訪問看護ステーションきみかげナース 高野さんが勤務している様子)
最近では仕事以外でも動いています。家でカメラ教室をやったり、フラダンス教室をやったり。
プライベートで仲良くなったプロの人を呼んで、それをきっかけに家に色々な人に来てもらって、楽しい時間を過ごし、繋がりが生まれていっているんです。一度参加した人が次はその友人を連れてくることもあったりしました。
“きみかげ”の立ち上げも落ち着いてきたので、次は仕事ではなく、一人の人間として何かできないかなと考えているところです。
手段は何でもいいと思っています。家で教室を開催することによって「家でカルチャー教室を開くって、すごいね」と周りから言ってもらえるようになってきました。
その度思うんです。
「昔に比べて柔らかくなったんだな」って。
舞台で踊るために学校に通い劇団で踊っていた時代も、ゲストハウスを開業するために日々凡走し迷っていた時代も、私はやりたいことに対して一つの道しか見ていませんでした。
それは中高時代にテニス部を最後まで続けてきた時の感覚に近いものかもしれません。そんな時代の私は、誰かに「助けて」とも言えなかったし、自分の弱さを認めることができませんでした。
でも、今は辛いことや失敗、出産等を経て、一つの物事に対しての執着は無くなってきたし、弱さを見せられるようになってきました。
そのように変化してきたことで、やりたいことに対して、様々な視点で選択肢を持てるようになったのは大きな成長だと思います。
もしかしたら、今夢中になっていることが、あるきっかけで別なことに夢中になるかもしれない。
それはそれでアリだと思うし、今までの人生で出会った誰かと何かをやるかもしれないと想像したらワクワクしてくるんです。
先が見えないことって不安なこともあるけれど、その中で色々な再会や出会いもあり、人生が良い方向に転機していくことだってあると思っています。
元気になってもらうことも、人を繋げることも多くの人に対してじゃなくてもいいんです。目の前に映る一人でもいい。
お互いのことを話して、この先のどこかで思い出してくれて、それがその人の人生の背中を押してくれることだってあるかもしれない。そう考えたら面白いですよね。
だから「自分が今何をやりたいか?」って答えが見つからなくてもいいと思っています。これからも、その時置かれている状況で自分なりにできることを行動していくことには変わりありません。
そうすることで、大切な人たちやまだ出会ったことのない誰かが居心地が良いと思えるきっかけを作っていきたいです。
(終わり)
(前編はこちら)
●編集後記
「答えは一つじゃない」
それはよく耳にする言葉かもしれません。だから、当たり前のように思っている人も少なくはないと思います。
「でも、実際にその言葉が現実味として肌で実感するとしないとでは全然違うのでは?」
それを今回の伊代ちゃんの取材で感じました。
伊代ちゃんと出会ったのはちょうど5年前の夏。長野の諏訪でリノベーションの作業する現場でした。インタビューでおっしゃっていた“人見知り”とは全く感じさせない眩しい雰囲気で周りの人を笑顔にしていたのが印象的だったのを覚えています。
「山口で絶対ゲストハウスを作るんだ!」
と言ってて、この人のパワフルさならきっと作るんだろうなって思っていました。
その翌年、伊代ちゃんを訪ねて初めての山口へ。その時に、引っ越したばかりとは思えないくらい、山口の素敵な場所や人を紹介していもらいました。夫のタカシさんとも、その時から交流させてもらっています。そこからは1年に1回ペースで会っているのですが、毎回彼女を心境や状況が変わっていて、色々葛藤しているなと感じていました。
僕から見た彼女は真っ直ぐに突っ走るタイプ。「これ」と決めたら、どんなに壁があっても曲げずゴールに向かって走り抜くんだろうなと思っていました。でも、実際そうではなかった(悪い意味ではなく)。葛藤していくうちに彼女なりに、日常の範囲や延長線上でもできることがある。それを自宅だったり、仕事(下着の販売等)だったりで小さく少しずつ実現してきているのを聞いて思いました。
「答えは一つじゃない」って言葉ではなく、肌で感じていく中で本当にわかるものなんだと。そして、一度やると決めたことを変えてもいいんだと。世の中的には、一度決めたことは最後までやり切らないといけないような雰囲気があったりします。でも、自分がその時に置かれている状況や環境次第では、それができなくなってしまい、続けると自分を追い詰めてしまう。だから、その時できることを無理のない範囲でやっていくことも一つの選択肢なんだと。
そんなことを伊代ちゃんのインタビューを通じて改めて感じました。
伊代ちゃん、タカシさん、イオリくん、今回は素敵な時間をありがとうございました。