事実はそこにある

遺体管理人として仕事を始めた当初、私には不思議だなと思える光景がありました。

例えば、遺体安置所を訪れたご遺族が「オムツをとって、パンツを履かせてほしい」とパンツを持ってきたり、ミカンやリンゴの皮を剥いたり。

「亡くなっているのにも関わらず、どうして生きているときと同じように接しているんだろう?」って思っていたんです。色々考えた結果、そこには無償の愛があるのではないか。そんな答えに辿り着きました。

愛情ってほとんどの人は形にできないと思います。でも、葬儀はとても愛情の塊なんです。

生きている人に対して何かをしてあげたら他人からの評価に繋がってくるけど、亡くなった人に何かをしてあげても誰からも評価はされない。なのに、心を奪われるような美しい光景が繰り広げられる…。

それは、亡くなった人とその人との関係性が愛あるものだったから。そのように感じてしまうのは、実家を出るまで親の愛を受けることがなかったからかもしれません。だから、私はこの仕事にどっぷり浸かってしまっているんだと思います。

「自分には与えられてこなかった無償の愛の形を仕事を通じて築いたり補填したりしているのでは?」
そう思うようになりました。

その考えは単なるわがままかもしれません。でも、この仕事をするようになって、自分の存在を消して相手(ご遺族)が何を思っているかを考えられるようになりました。

昔、私は思いやりや配慮が欠けているタイプでした。そんな自分が初めて相手の気持ちを考えられるようになったのは一つの成長だと思います。

現場をこなしていくうちにご遺体の状態を見ただけでわかるようになってきたことがあります。それは、生前に本人がどのような生活をしてきたかってことです。

例えば、ご遺体の手足を触っただけでも、本人が普通に歩いていたのか、寝たきりだったのかもわかるようになってきていて…。

本人に関するバックグランドを知らないまま、男性なら「筋肉が素敵ですね」とか、女性なら「爪の形や指先が美しいですね」とご遺族に伝えたとします。

すると、それまで泣いていたご遺族は「そうなんですよ」「生前はよく運動していてね…」「周りの人から綺麗な人だねって言われていたんですよ」と微笑みながら話を始めたんです。

ご遺体の状態を見て、話を振る。そうすることで本人を思い出し、本人を偲ぶことにつながっているんです。

それはとても大切なことなんだと感じました。だから、しっかりご遺族が故人に寄り添えるようにお手伝いをしているんです。私はそのきっかけを与えているだけにすぎないんです。

大切なのは「事実はそこにある」ということ。だから私は事実を言うことだけに留めています。家族は本人に似ています。だから、本人を褒めるってことは同時にご遺族を褒めることにもつながるんです。

黒子としてできること

遺体管理人として難しいと感じるところは、誰もが望んでいた表情とは違う状態で亡くなっている現状があることです。

その背景として、ガン治療や事故等といった不可抗力の部分があります。結果、葬儀のときに遠方から来たご遺族が「痩せている」「浮腫んでいる」と感じ、変わり果てた故人の表情を見てショックを受けてしまう。

それはきっと亡くなった本人は辛いと思います。だから、私は一手間加えて本来の本人に近い状態に戻しているんです。

私が携わる案件は見るに耐え難いご遺体が多いです。変わり果てた故人を見たご遺族の子どもたちは、そういった状況を理解ができないので、そのトラウマが凄まじいものです。

だから、その故人のことを極力思い出さないように生きていってしまう…。人って2回死ぬと言われています。

1回目は肉体が滅んだとき、2回目は忘れられたとき、というのを聞いたことがあります。だから、誰かの記憶からその人の存在を消し去ることはよろしくない。

私がやっていることはトラウマ防止にもなっていると思います。少しでもご遺体が綺麗な状態であれば見やすいし、怖さがなく、思い出しやすいのではないのでしょうか。

一般的に葬儀は大人が段取りを進めていくもので、到底子どもが関わることができない傾向があります。

でも、沖縄県の独特な葬儀文化や慣習を担っていく子どもたちには、その継承が必要だと思います。私は、そのために積極的に子供や家族が携われる環境を作っているところです。

例えば、ご遺族にご遺体の手を握ってもらったり、顔のまわりを飾る花をご遺族の皆さんで作ってもらったり。

基本、故人にはドライアイスが当たっていて、その冷気で6時間ぐらい経つと水腐れしてしまうんです。

そこで、一つの取り組みとして、弊社で染めたオリジナルの布をご遺族に渡して、一緒に顔の周りに飾る花を布で作ってもらっています。優しい色合いだから、ご遺体の表情が明るく見えます。

近年の葬儀は型に当てはまっている形式が多いので、何かを作ることは少ないのが現状です。

だから、私はご遺族が故人のことを思いながら何かを作ることというのは大切だと思っているんです。これなら簡単に作れるので子どもから高齢者まで葬儀に関わることができます。


(写真:ご遺族作 形は様々だけど、そこにはご遺族それぞれの気持ちがある)

私に遺体修復の依頼があるのは故人に対して愛情がある人たちがほとんどです。ただ、皆が皆、故人に対して愛情があるわけではないということもわかっています。

それは、世の中の全てが平和で幸せではないのだからと感じているからです。その感覚を忘れないように心に刻んでいます。

どうしても情報を発信するメディア等では綺麗な部分しか切り取られません。もちろん、そうしないといけない背景も何となくわかります。

でも、私には自分の居場所がないと感じる時代がありました。だから、卑屈な部分がある気がするんです。そんなプラスな雰囲気が出ていない自分だからこそ、黒子に向いていると思っています。

そして、何より意識していることは感謝されることをゴールにしないこと。感謝されたい気持ちがあると主観が強すぎて余計なことをしがちです。そこにはご遺族の気持ちはありません。

だからまずは「ご遺族が何をしたい・してほしいか」を最初に考えてあげないといけないと思います。

大切なのは「何をこちらが提供できたか?ご遺族がどう思われたか?どう感じたか?」なんです。そこも、かつて自分に居場所がないと感じていた私だからこそある感覚なんだと思います。

私が今求めているのは無償の愛です。それは、ご遺体とご遺族の間から滲み出てくるように見えます。その光景は映画の一番良いシーンを観ているかのようです。

私はそれらを一つでも形にするため日々走り回っています。でも、まだまだ知らないことばかりです。勉強しないといけないことだってたくさんあります。

これからどんなに成長したとしても、黒子であり続けること。そのことを意識しながら、故人とご遺族との関係性を大事にして、ご遺族が故人に寄り添えるお手伝いをしたい。その気持ちは変わらないと思います。

(終わり)

前編はこちら

話し手:嘉陽果林株式会社おもかげ代表取締役/遺体管理師)
聞き手:上泰寿(てまえ〜temae〜編集長)
インタビュー日:令和3年5月31日
インタビュー場所:株式会社おもかげ

●編集後記
僕が初めて身内を亡くしたのは20歳の時でした。大好きな祖父が亡くなって、亡くなる数日前までは普通に話をしていたのに、全く動かない祖父を見てショックを受けたのを覚えています。その時、葬儀の担当(?)をされていた方が祖父のことについて色々話を振ってくれました。細かい内容まで覚えていないけど、次第に気持ちが落ち着いって、冷静に祖父との思い出を振り返ることができたかと思います。嘉陽さんのインタビュー時に、そんな昔を思い出しました。当時は何も考えていなかったけど、その担当の方に救ってもらったな、あの声かけがなかったら祖父を温かい気持ちが見送ることができなかったなって感じました。
黒子って中々認識してもらえない地味な立ち位置かもしれません。でも、その黒子がいないと成り立たないことはたくさんあります。僕自身、編集者として意識していることは黒子であることです。クライアントの意向や思いを汲み取り、それを翻訳し、自分ができない部分を色々な専門職と形にしていく。それが僕の中の編集の定義です。メディアを運営するとや書くことだけが編集ではないと思っています。嘉陽さんがやっていることだって一つの編集です。僕は彼女のことをグリーフケアや遺体管理の編集者と捉えています。きっと、他の分野にも、僕がまだ知らないであろう黒子(編集者)の人たちが世の中に溢れているんだろうな。今回の取材を通して、そのように感じました。
嘉陽さん、今回はご多忙の中、本当にありがとうございました。

上泰寿(かみさま)

上泰寿(かみさま)

フリーランス。鹿児島県出身。10年間市役所に勤務し、現在は編集者見習いとして、「聞くこと」「書くこと」「一緒に風景をみること」を軸に基礎的な力の向上を図っている。