届けたい人に届けるために
「一人一人の命をどう救うのではなく、社会全体の健康をいかに守っていくか?」
ここに焦点を当てて動いていかないといけないと感じました。この動きをポピュレーションアプローチといいます。私は医療現場で目の前の患者さんたちと向き合ってきました。
しかし、
「どうやったら予防医療についての選択肢を伝えるためのアプローチができるのか?」
その手段が全くわからなかったんです。色々考えていくうちに、予防医療の必要性を伝える上で2つの問題があると感じました。一つは、人の心を動かせないと先に進まないこと、もう一つは本当に届けたい人に届かないことでした。
そもそも予防医学では、人の意思は弱いという前提で制度設計や環境設計をすべきであるということが言われています。医療者や他人が一生懸命届けようとしても、それは届く可能性は低いんです。
これらが解決をする糸口を模索した結果、動いたものの一つとして『医療系アイドル構想』があります。アイドルというワードがあるからといって、芸能人になるという意味ではありません。
定義としては、“性別や年齢を問わず、人を笑顔で元気にでき、生きる希望や勇気・夢を与えてくれる人”ということにしました。目の前の人の心と体の健康を支えられる人は非医療者でもなれるので“みんな”とも定義づけできます。
似たような視点だと、親となった人は子どもや家族を守ることが一つの生きる希望になるし、孫ができたおじいさん・おばあさんも同様です。
それらを踏まえて考えたアクションとして、予防医療や閉ざされた医療現場の様子を楽しく発信することや、医療者である自分たちが地域に自ら飛び込んでいくことで街の人との関わりを作っていくことを考えました。
これらをシュミレーションして地域の人の暮らしに彩を与えることで
「医療者と非医療者の皆がハッピーな場づくりができたらいいな」
そんな思いが少しずつ出てきました。
全国各地の医療者で動画を作ったり、医療系アイドルマガジンを立ち上げたり、少しずつアクションを起こしてきました。そうしていくうちに、私の活動を見ていてくれていた方から「『FMはつかいち』で番組をやってみないか?」とお話をいただくことになります。
ラジオであれば、本来届けようと思っても届かない人たちに私や医療関係者の声を届けるチャンスがあるかもしれない。そう思い、お話を受けることにしました。2019年の夏ぐらいから、FMラジオのパーソナリティを務めさせてもらっています。
医療情報のお堅いイメージから脱却して思わず聴きたくなるように、医療系の「トークバラエティ番組」という設定にしました。それをFMの電波にのせることで、より多くの、より広い層の方にリーチできると考えたんです。
それは、65歳を迎えた両親の動きを見ていて、私が届けたい人たちに伝えるためには、使命感やワクワクといった感情に訴えかける必要があると感じたことも背景にあります。現在『医どばた食堂』という番組名で月に2回放送中です。
毎回ゲストをお呼びして、お話を聞いていく番組スタイルのため、キャスティングから打ち合わせ、収録まで、ほぼ全工程に携わっています。
具体的には、私がゲストを選定してアポを取り、番組概要を説明しつつ依頼書を作成、事前打ち合わせを行い、収録番組といった感じです。
ゲストはこれまで、救急医、スポーツドクター、なでしこジャパンのチームドクター、呼吸器内科医、感染症内科医、歯科医師等、様々な分野のプロフェッショナルの方々に来ていただいています。
(写真提供:河村由美子さん FMはつかいち『医どばた食堂』)
人の人生をより豊かにする
私は現在医療系Webメディア『リハノワ.com』(以下:リハノワ)を運営しています。理学療法士として病院で働く中で、患者が退院後に目標を失ったり、モチベーションを維持できなかったりするために、病気や再入院を繰り返す現状を何とかできないかと思うようになりました。
そして、同じようにリハビリを頑張っている人がどのような思いや方法、環境でリハビリをしているのかを記事にして届けることで、モチベーションの維持につながるのではないかと考え、運営を開始したんです。
リハノワの始まりはアプリでした。2019年の夏ぐらいに、お世話になっている方からお声かけを受け、ヘルスケアで課題を持っている人と投資家を繋げるビジネスコンテストのアイデア部門に出場したんです。
そこで課題に感じていることを私なりに整理して、当日プレゼンをさせていただいたことがきっかけでした。Webメディアに変わっていったのは、ビジネスコンテストが終わった後です。色々と活動をしていくのにビジネスは必要だということと、お金の大事さを感じました。
ヘルスケアはお金にしづらい分野なんですが、経済が回っていくようにしていかないと、ずっとボランティアのままの世界になってしまいます。私自身、お金を得ることで頑張っている人たちに投資していきたい気持ちもあります。
ビジネスをする上で大事なのは課題を得ることだと思っています。課題設定が間違っていたら、せっかくのサービスやモノも売れません。だから、ちゃんと課題に沿ったコトやモノを作らないといけないから、課題を得ることが大事という話になってくるんです。
そこで課題をどう得ていこうかなと思った時に、手段としてWebメディアになっていきました。私は情報収集のためになりますし、取材を受けてくださる当事者の患者さんも取材に向けてモチベーションを上げてくれてワクワクな気持ちで待ってくれていて、嬉しい気持ちです。
「改めて言葉にすることでよかったし、気が引き締まったよ」「これからも頑張れるよ」と、私にとっても取材を受けてくださった方にとってもいい形で運営できています。
(写真提供:河村由美子さん リハノワ取材時の様子)
実は、今年の3月末に今の職場を退職する予定です。4月からはフリーランスとして関東に拠点を移します。リハノワを大きくすることも目的の一つです。運営を始めたばかりですし影響力もまだないので、それなりに大変なのはわかっています。
でも、メディアを通じて関わってくれた人や取材を受けてくれた人たちの仕事の幅が広がったり、新しい仕事を作っていけたりするような形にしたいんです。色々な企業さんとも関わっていくつもりなので「こういう視点でもリハビリの人は入っていけますよ」と今までにない働き方を提案していけたらとも思っています。
リハビリは単に機能訓練を指す言葉ではありません。患者さんは病気やケガを負ったことにより身体的な機能が低下するだけではなく、精神的な面が落ちることだってあります。
そして、その患者さんの御家族は介護の負担や、そこから来る身体的・精神的疲労が生じてくることだってあるんです。私は理学療法士として、患者さんだけではなく御家族と多く向き合ってきました。
だからこそ思うんです。
「リハビリって人の人生をより豊かにするものだし、何でも落とし込める」って。
ICUではお医者さんや看護師さんは患者さんに医療を提供しますが、私は「その人がどうやったらより豊かになるのかな?QOL(※1)が上がるのかな?」ということを考えているんです。
それを生かしながら「目の前にいる人がどうやったら幸せになるんだろう?」ってことを提案していこうと思っています。
正直、数年前までは、こんな未来を想像していませんでした。でも、こうやって今の自分があるのは、楽しかったことや辛かったこと、そして、私を支えてくれた人たちの生き方が私の日常に彩りを与えてくれたからだと思っています。
「私はこれからこの先、この世を去るまで何人の人の日常に彩りを与えられるのだろうか?」
その思いは、この世界を回り回ってまだ出会ったことのない人にも届くかもしれません。そう願いながら、誰かが生きたかった今日この一瞬一瞬を私は全力で生きていきます。
(終わり)
※1 Quality of lifeの略。人生の質、生活の質と訳されることが多く、私たちが生きる上での満足度を示す指標の一つです。
※2 河村さんは令和3年3月末に取材時に所属していた病院を退職し、現在は関東へ拠点を移し、フリーランスとして活動されています(令和3年4月1日時点)。
聞き手:上泰寿(てまえ〜temae〜編集長)
インタビュー場所:宮島
インタビュー日:令和3年2月11日
●編集後記
河村さんのインタビューさせていただく中で、「彩」の漢字一文字が浮かびました。それは、河村さん自身がおばちゃんに手紙を送って喜んでもらえたこと、高校のテニス部の苦い思い出を通して患者さんに全力で寄り添うようになったことで誰かに「彩」を与えるようになったと感じたこと一つ。
もう一つは、河村さんが従姉妹のお姉さんが亡くなったことや千葉の民間病院やオンラインサロン、現在のICUを通して、逆に「彩」を与えてもらったこと。それらがあったからこそ、今の河村さんという色々な形でに誰かに対して「彩」を与えているんだなと感じました。
与えられた人たちは生きる希望ができたり、新しい選択肢が生まれたりするかもしれない。そして、それが誰かに良い意味で伝染していって、「与える」ことの循環が少しずつ生じてくる気がしました。
選択肢といっても種類は多々ありますが、医療は特に命に関わります。周りの誰かが思い病気になったとしても、中々自分ごととして捉えるというのは難しいかもしれません。僕だってそうです。
食事のバランスも良くないし、運動もちゃんとしていない。河村さんにインタビューしている時に「あ、これ自分の健康、まずいな」と思ってしまう場面が結構あって、取材を通して予防医療を意識できるようになったかと思います。
河村さんは取材中も、取材に至るまでのやりとりの時も笑顔を感じさせる明るい印象でした。そこに至るまでに、たくさんの人の死を間近に見てきて、ご自身も辛いことを経験してらっしゃるからこその笑顔なんだなと思います。
僕も河村さんから「彩」を与えてもらった一人です。それを違う誰かに一人でも与えることで、その誰かに何かが生まれてほしい。そう思う取材でした。
河村さん、今回は本当にありがとうございました。