自分たちで作る感覚を取り戻す

2年半程前から『つわのスープ』という取り組みを行っています。目的は地域の中に応援するサイクルを作っていくことです。プロジェクトやアイデアを皆の前で発表し投票する。その中で投票数が多かった人が参加費の総取りができるファンドイベントになります。

これはデトロイトが発祥で、過去に財政破綻があった時に公共サービスが全く利用できなくなり、例えば、公共施設が汚れたままだったり、教育機能がうまくいかなくなったりしたことが実際にあったそうです。

そんな時、デトロイトが好きな人たちが「公共は頼れない」「じゃ、自分たちでどうにかするしかないよね」と立ち上がり、それを実現するためにバラバラで動いてもダメだから、それぞれのプロジェクトを応援する仕組みを作ろうとなったのが起源と言われています。

僕はこの取り組みをいつかやりたいなと思っていました。津和野は模様で言ったらストライプをイメージしていました。各々が立って、各々のジャンルで活動をしていたけど、それが横串になることはなかったから、そこを横串になるようなイベントをやってみようと思ったんです。

津和野に引っ越し、建築家としての仕事や糧を通して、津和野の色々な人を知り、関係性を持つようになってきました。その中で「この人とこの人、そしてあの人を繋げたら、きっと面白くなるんだろうな」と思うようになってきて、そういった人たちに『つわのスープ』の開催について相談しに行き、立ち上げに至った流れです。

イベントの場で発表したとしても、都合がつかず、その場に参加できない人たちもいます。その人たちが発表した内容を知れないのは勿体無いですよね。そこで、紙媒体として毎回作り、それを津和野の人たちに届けるようにしているんです。公民館や町役場、観光協会等、多くの人が足を運びそうな場所へ配布しています。

名前がついていないだけで皆それぞれのプロジェクトってやっていると思っています。例えば、家庭菜園もその一つだと思いますし、地域の寄り合いや、除草作業だってそうです。大小問わず、自分やその周りが良くなるための何かをやっているはずで、名前をつけなくても、それを持っているだけでいいんです。

でも、プロジェクトの域を越境する経験を持った方が楽しいと思っていて、ゼロから作るところを、そこにいる人たちでやることを、もう一度取り戻せていけたらと思っています。雰囲気作りだったり、何がワクワクするかってことをディスカッションしていったり…。

それは、非常にエキサイティングだし楽しいことだから、そういった意味でも『つわのスープ』はやっています。
テーマロゴもあって、それは皆で考えました。ロゴの中にindependent・local culture・direct democracy・playfulを描いています。

この4つがお祭りの要素で、そういう感覚を持ったら街は楽しくなるんだろうなと思っているんです。街で遊ぶっていうのはポイントかもしれませんね。

社会に一手を

僕は目立ちたい欲求があります。ここでいう”目立つ”とは変化を意味していて、かつ、変化が起こるってことは何が壊されつつある状況を示しているんです。ある意味、変化は他の人に恐怖感を与えます。

でも、僕はそれを良い意味で捉えていて。文化に変化を加えるってことは閉じていたものを開かせることになります。だから、ある程度のエネルギーが必要になってくるんです。それを役割として担う人が必要で、そういう部分で僕が目立った方がいいのではないかと感じています。

僕が津和野に引っ越してから5年目になりました。5年目の自分だからこそできる目立ち方があると思っています。僕のことを「アイツは良い奴だ」と信頼してくれている人たちができてきていて、1年目の時に比べて周りに良い意味で影響力が広くなっているはずなんです。

その状態で僕が変な目立ち方をした時に、良い見方をする人もいれば、悪い見方をする人もいるでしょう。でも、議論を醸し出すことも文化の壊し方の一つなんです。同じような目立ち方をしようと思っても、1年目ではできなかったと思います。5年目だからこそ、今できることをやりながら街と関わっているんです。

もしかしたら、そんな僕の背中を見て「こんな人もいるんだな」と思いアクションを少しでも起こす人が増える可能性もあるかもしれません。実際、津和野で活動される方が増えてきていて、その人たちが新しいことを作る予感を感じています。

町の中で皆それぞれのポジションがあると思っています。被るってことはない。僕と同じ建築のフィールドの人もいるけど、その人たちとは違った自分なりの表現でやっています。

自分だからこそできる表現方法を常に探して、社会に一手を打とうと思っています。それは将棋している感覚に近いのかもしれません。打つ相手は社会です。

打つ駒は仲間や場、自分のプロジェクト等、様々。たまに、「僕」という駒が他の盤上で誰かに叩かれていることだって考えられます。「どうやって打とうか?」「じゃ、あれ打ったら面白いよね」と仲間たちと一緒に社会に対して打っている気持ちで動いています。

その中で前提にあるのは、常に社会や物事が変化することです。そのように捉えるようになったのは、高校時代に老子の言葉に出会ってからでした。そこから、常に“自然体でいる” “変化を許容できる”という自分の軸があるんです。

ただ、変化にも色々な時間軸があります。小さな変化は一瞬でできるけど、大きな変化は長い月日を要します。ここでいう、小さな変化はイベントをすることかもしれないし、大きな変化は風景や文化が変わることなのかもしれない。

僕は、いきなり大きな変化はできなくても、小さな変化の積み重ねの先に大きな変化が待っていると思っています。変化に対して、そのような感覚を持つことは大事です。そして、変化を生むには一人では決してできない。

だからこそ、駒を打っている側のチームにどんどん仲間を招き入れたいし、社会に対して「こうあったらいいじゃない?」と提案できるチームでありたい。

しかし、そう思っていても、僕にはそれらを実現する力はまだまだ足りないところです。自分が納得する力をつけるには一生かかるかもしれない。それでも、焦らず、社会と向き合っていくことに変わりはありません。その先に自分が思い描いたことが少しずつ生まれると予感していますから。

(終わり)

前編 中編 はこちら)

話し手:大江健太(糧〜ハタガサコの学び舎〜/高津川デザイン工房
聞き手:上泰寿(てまえ〜temae〜編集長)
インタビュー日:令和3年3月24日
インタビュー場所:糧〜ハタガサコの学び舎〜

●編集後記
大江さんのおっしゃる通り、暮らしってミクロからマイクロなところまで幅広くあって、僕はその極一部しか考えていなかったなと感じました。僕は大きな災害を経験したことはありません。だから、そういった災害が起きた時のことを周りに話せる人がいるどうかといったらいないかもしれないです。

政治だってそう。どこか遠いものように感じて、あまり自分ごととして考えていなかった気がします。でも、今回の取材を通して、そんな自分ごととして捉えていなかったことを自分ごととして意識できるようになったことは嬉しいことです。

いつ何がどう起きるかわからないし、社会も情勢も常に変化していきます。気づけたことだけでも大きな一歩かもしれません。あとは、気づいた自分がどう動いていくか、それは相当時間はかかるかもしれないけど、小さなことからアクションを起こしていきたいと思います。

大江さんとは5年前に長野に諏訪で知り合いました。僕は当時東京に住んでいて、たまたま出会った彼と一緒にリノベーションの作業を手伝ったのを覚えています。

今回の取材はほとんど大江さんに密着して現場をついて回ったり、一緒に作業をお手伝いさせてもらいました。5年前は、まさか自分が仕事を辞めて彼を取材する未来を全く想像していませんでした。

お互い、あの時から少しでも前に進んで、色々なことを話せる関係性になれたことは本当に嬉しいことです。きっと、仕事じゃなくてもまた津和野には遊びに行くと思います。

大江さん、そして現場で仲良くしてくださった津和野の皆さん、本当にありがとうございました。

上泰寿(かみさま)

上泰寿(かみさま)

フリーランス。鹿児島県出身。10年間市役所に勤務し、現在は編集者見習いとして、「聞くこと」「書くこと」「一緒に風景をみること」を軸に基礎的な力の向上を図っている。