好きだから

ニュージーランドから帰国したのは25歳の時でした。その時点で自分がやりたかったことを全部叶えてしまったんです。海外で暮らせたし、管理栄養士にもなれた…。一種の喪失感だったのかもしれません。

「これから何をしたらいいんだろう?」

そんな感覚だったんです。
福岡のカフェやトレーニングジム等で働いたり、徳島で短期移住しながら地域ブランディングを学んだりしましたが、身を結ばず、彷徨っていました。

ある時のことです。友人から『福岡テンジン大学』で授業をやってほしいと依頼がありました。内容は発酵の講座。発酵の世界について受講者にお話をするものでした。

予想以上に人が集まってくれました。私は前に出て話をすることが好きだったので、講師である私自身が楽しいと思える時間でした。そこからご縁が広がっていって、「またやってくれない?」って声をかけてもらったりして、細々と発酵の講座を始めていきました。

私が本格的に発酵の世界にハマったのは会社員時代からでした。天然酵母のパンを作ることが好きで、そのために早く家に帰りたいと思っていたぐらい…。仲良くしていた友人にパンをプレゼントして、喜んでもらうのがとても嬉しかったんです。

天然酵母のパンを作るのは時間や手間がかかります。1つ作るために1週間くらいかかる時もあるんです。そして、酵母は生き物だから思った通りにパンが仕上がるとは限りません。

それは、私の20代が予定不調和だったことと同じだと思っています。自分の理想としていることが絶対にできるとは限らない。その時々の気候だったり気分だったり、気持ちだったり…。

失敗かと思ったことが失敗じゃなかったりすることだってあります。それは人生と似たようなものなのかもしれません。そんな発酵の世界がとても愛おしく思えるようになりました。

味噌や甘酒…講座をしながら私自身も材料を変えてはまた作りどんどん学びを深めていきました。色々なところで講座ができたのも本当にたくさんの人のおかげです。

「自分はこういうことをしています」
「これが好きなんです」

声をかけてくれる人や参加してくれる人に自分が発酵の世界が好きだってことが伝わってくれたことも一つの理由だと思っています。それは恋と同じかもしれません。フワって気分が上がることが発酵の世界に似ている気がしていて。うまく言葉にできなくても思いって通じるんだなって感じました。

今は主に健康指導の仕事をしています。日本全国あちこち飛び回っていましたが、昨年からは新型コロナウィルスの影響もありオンラインで仕事をしています。発酵の講座はできなくなったけど、幸いなことに仕事があるので気持ちには余裕がある状態です。

とにかく動き回っていた以前とは対照的に外に出る機会が減り、自分の時間もできてきたので、昨年1年間は内省をした年でした。一度立ち止まることで、自分のことについてゆっくり考えられたんです。その時でも味噌やキムチを作ることはやめませんでした。そこで、ふと思ったことがあります。

「発酵の世界に触れることは好きだからやっているんだな」
「それは仕事にならなくても一生続けていくことだし、好き=仕事じゃなくてもいいんだな」って。

確かに仕事になることは嬉しいことです。でも、仕事にならないから、やめることではないと思いました。そうすることで自分を保つことにも繋がるし、自分がより良く生きるためのツールにもなっているんです。

そして、私は本や映画の世界にも小さい頃からたくさん救われてきました。今はそれらを観る時間だってある。だから、発酵の世界に触れたり、本や映画を観ることが生活の基盤としてあれば私は十分幸せだと思いました。

自分と仲良くなることで

今の仕事では、各々生活習慣をヒアリングして、アドバイスをしています。みんな忙しいし、頑張っている。日々のことに必死で、頑張りすぎてしまって心を病むパターンも多いです。そうすると、自分の感覚がわからなくなってくるんですよね。

そして、早さ、楽さを重要視し、誰かが提示してくれた正解を探そうとします。これを食べれば健康になる、痩せる…こんな言葉は日々目にします。嫌いな食べ物も健康にいいから無理して食べようとする、果たしてそれは本当の健康につながるのかなと疑問に思います。

かといって好きだから何でも食べていればいいというわけでもありません。情報に振り回されずに、食べることを楽しむためには多くのステップが必要です。私はそのためのサポートがしたいと思っています。

皆、自分を大事にできないと何もできません。食べること以外でも睡眠や運動、瞑想だったり、お金を使わなくてもできる方法はたくさんあります。その中から自分に合うやり方を見つけていくことが大事なんです。

それは私が体感や体験を大事にしていることと繋がってきます。例えば、私は発酵食品は好きだけどヨーグルトは常食すると体調がよくないなと感じるので、ときどきしか口にしません。自己観察の結果ですが、一時期、毎日食べていたら不調を感じたからです。

発酵食品すべてがいいかといったら、私にとってはそうじゃないんです。その感覚って中々言葉にするのは難しいと思います。でも、誰でも当てはまるモノや瞬間ってきっとあるんです。

それを自分で見つけて、その感覚を信じてあげてほしい…。あなたの出した答えに“良い悪い”とか“正しい間違い”なんてないんですから。そして、そのためには心の余裕がないといけません。本当、全部繋がるんです。そうすることで健康に繋がってきます。

ただ、それをどう伝えればいいのかわからず模索する日々でした。今お話したことについて以前友人に話したことがあります。すると、こう言われたんです。「自分のライフスタイルを見せることが、あなたが思っている方向に繋がるんじゃないの?」って。

私は今まで自分の理念や思いは持っていても、自分を表に出すことはしてきませんでした。確かに、そうですよね。自分を出さないと人も来ないし、アドバイスしたところで信用してもらえない。だから、自分自身のこともですし、暮らしを出すことは大事なのかなと思うようになってきました。

正直、今までは「自分のことを出したってどうなの?」って思っていたんです。それは、人の目を気にしていたからでした。でも、人の目って誰でもないんですよね。いないんです。そんな人。

ようやく色々なことを紐解いて根本は自分に自信がないことがわかってきました。誰からも何も言われていないのに「私なんて…」と勝手に思ってしまう自分。褒められても、その言葉を素直に受け取れない自分。最近ようやくこのトラウマから解放されている気がします。

人にはそれぞれカッコ良さがあって、それは定義できるものではないんです。自己否定してしまうことは自己虐待にも繋がってしまいます。「私なんて」って気持ちが自分をストップさせてしまう。だから、もっと自分と仲良くなる必要があるんだと思います。

一時期は頑張らないと不安があったし、止まることに対しての怖さがありました。「無理をしないと誰かに認めてもらえないのでは?」って思っていたんです。

でも、その頑張りが空回りしていくと、自分自身が心を病んでしまいます。そうならないように自分と仲良くなる。その先に自信を持って自分を出していけたり、そんな私を見た誰かの生活が少しでも豊かになることに繋がっていけたら…。今はそんな思いで日々を過ごしています。

(終わり)

前編はこちら

話し手:日吉花子(管理栄養士)
聞き手:上泰寿(てまえ〜temae〜編集長)
インタビュー日:令和3年4月27日
インタビュー場所:福岡市内

●編集後記
僕は社会人になってから体重の起伏が大きくて。ひどい時は100キロ越えた時もありました。
振り返ると、体重が結構あった時や体調崩しやすかった時って、必ず心の状態が不安定だったんですよね。しかも、いつも何かのせいにして、自分を正当化していた気がします。それは、職場だったり、社会だったり…。本当は、その状況でもできることはたくさんあるのに。いきなり大きくなくても、小さいことからやっていけばよかったのに。
そんな自分に自信がなくて、誰かの目を気にして、思いっきり自分を表現することすらしていなかったとも思います。
でも、自分で人生変えたくて、色々動き始めてから、自分自身に対する見方も変わったし、何より自分が好きになったんです。外見だって、考えていることだって、そして、将来の自分の像だって。そうすると不思議と良い循環が始まるんです。周りから「変わったね」って言われたり、評価してもらったお金をもらったり、体調を崩すことさえもなくなりました。日吉さんがインタビューで話していた「自分の感覚を信じること」って、本当自分がここ数年で体感してきたことだなって思いました。食って単純に食べることや扱う食材だけのことじゃない。見えない複合した色々な背景があって、自分の口に入る。そして、口に入れる自分も色々なことが混ざり合って今の状態がある。たくさんのことが一本の線に繋がっているような、そんな感覚がして、インタビューしていて胸がスッとした気持ちになりました。
日吉さん、今回は本当にありがとうございました。僕も鹿児島戻ったらキムチとか味噌作ってみます。

上泰寿(かみさま)

上泰寿(かみさま)

フリーランス。鹿児島県出身。10年間市役所に勤務し、現在は編集者見習いとして、「聞くこと」「書くこと」「一緒に風景をみること」を軸に基礎的な力の向上を図っている。