自分の意思で自分のことを決められるために

私がケアマネージャーの仕事をしていたときの違和感として、利用者さんの意思と現場で行われている介護サービスの内容が一致していないことでした。「自宅でお風呂に入れるようになりたい」「台所で一人で料理をできるようになりたい」「近所の公民館の集まりにいけるようになりたい」等、皆さん、それぞれの思いがあって介護サービスを受けているはずなんです。

でも、実際現場に行くと同じ光景が広がっていることが多くて…。個々の目標や目的があるのに、午前は皆同じテーブルに座ってお茶を飲んでいるとか、午後は決められた時間にお風呂に入るとか。「もっと個別でやれることはあるはずなのに、どうしてやりたいことをやらせないのか?名前が違うだけで同じことやっているだけではないのか?」と思うようになったんです。

例えば、あるステーキ屋さんに行けば、お客さんの食べたい味や焼き方等に合わせて調理してくれるし、ある旅行会社に行けば、お客さんが行きたい場所やそこでやりたいことに合わせて旅行プランを作ってくれることってよくありますよね。

ただ、介護の世界になると、それが施設や事業所の都合で「こうですよ」と、サービスの押し付けになっていることが多いんです。勿論、転倒とかして怪我をしてしまうリスクもありますし、それなりにできない・やれない理由もあると思います。それでも、「利用者さんのやりたいことを選ぶ選択肢が極限に限られてしまっている状況を何とかしたい」、そんな思いから独立する決意をしました。

ある事業所の立ち上げを手伝った後、まずは居宅介護支援事業所を実家で始めました。機材はパソコン1台と小さなプリンターのみ、スタッフは私だけの一人事業所でした。自分を事務所にし、相談用に実家の一階部分を改装もしました。一人でやっていたため、一時期は過労死するのではないかというくらい働いていました。

そんな中、あるケースを担当することになったんです。それは、ゴミ屋敷に住んでいた男性のケースでした(※)。近所の人から相談があり、現場に向かうとライフラインが全部止まっていて、ゴミが溜まっていた奥の方で倒れていた男性を発見したんです。その男性は生きる気力を失っていました。

私は男性に問いかけました。「このまま施設に行くのも一つの考えだし、色々な制度を使って人生をやり直すこともありだと思う。人に迷惑にならない範囲でこのまま住み続ける選択肢だってある。これから、どうしますか?」と。男性からは「リセットしたい。これをきっかけに生活をやり直したい」と言葉がありました。そこから男性は入院や老健施設で体調を少しずつ整えていきました。

私は男性と一緒にアパート探しや契約、家財道具を探したり、色々な人から生活に必要なものをいただいたりしました。無事に男性はアパート生活を始められ、今では元気に暮らしています。私一人ではできなかった…。色々な機関の人たちの協力があってこそです。

このケースの男性のように、生きる糧、って大事だと思っています。できないことを補うよりも、やりたいことをやれるように支援していく…それが介護の世界の仕事の本質ではないかと。お風呂に入れないから、ただ単にお風呂にいれますではなく、お風呂に入るためにどうしたらいいのか、お風呂に入って体を綺麗にして、どこか行きたいのか何かしたいのかを一緒に考えてあげることが介護の世界にいる私たちの仕事だと思って、日々介護の仕事をやっています。

あなたの“ふつう”を考える

独立してから1年、ヘルパー事業生活支援事業デイサービス事業と次々に広げていきました。デイサービスは、利用者のやりたいことに応じてその日のスケジュールやることを自分で決めてもらうカスタマイゼーション方式を取り入れたりしました。

しかし、そんな中でも自分の中で足りないと感じる何かがあったんです。支援の手が足りない・施設がないという理由で、小さい頃から知っている地域のお父さんお母さんたちが隣町や離れた町の施設に入所して数ヶ月後に亡くなったと話を聞くことがありました。本当、毎回何とも言えない気持ちになります。

そんな思いから、小規模多機能ホーム『くらしの家』を昨年立ち上げました。何とか最後まで家で生活できるように、宿泊も通いも訪問サービスも一箇所でできるので、他のサービス形態だとできないことができるという狙いもありました。

空間は明るいイメージに。カフェとか行ったら座る場所も座る椅子も自分で選びますよね。「何か、あの椅子いいな」って。そういう感覚をこの建物でも作りたかったんです。調理や食事、お風呂の時間については「さぁ皆さん、○○の時間ですよ」とは言いません。

自分の自宅と同じように自分のスタイルで過ごせるように、家具も時間もやりたいことも選択肢があるようにしているんです。利用者さんがやりたいことをやることはリスクが伴いますが、事故が起きても利用者さんを責めませんし、スタッフには「私が責任を取るから、事故を恐れないでほしい」と伝えています。

介護の現場では「時間がかかる」「手間がかかる」との声が多く聞かれます。実際、一人一人のケアは大変です。正直、利用者さん全員に同じ時間に同じことをやってもらった方が楽なのも事実。例えば、靴下を履かせる時間がないから介護職員が履かせてしまったり、「若い時は…」「元気だった頃は…」と年齢を重ねて気持ちが落ちたりしている時に、それをそのまま飲み込ませることあるとします。

でも、そうじゃなくて、靴下を履くのをゆっくり見守って、それができたら一緒に喜ぶとか、希望を持てなくなったら我慢させないように・諦めさせないように「○○したいなら、やれるようにしていきましょう」って声かけして寄り添っていく…それが『あなたの“ふつう”を考える』に繋がってくると思うんです。これは会社の企業理念でもあります。

私はスタッフに「手間がかかることに介護職の価値はある」と教えています。それは“自律”にも結びついてきます。人の手は借りないといけないかもしれない、それでも自分でやりたいことは自分で決める。自分で決めてもらうために、介護の世界にいる私たちは判断材料を準備する。そこを目指していきたいんです。

個々の思いを大事にすることは利用者さんに限ったことだけではありません。ここで一緒に働くスタッフに対しても同様です。基本的な会社としての理念は伝えますが「うちの介護の現場でこれをしないといけない」「これをやってください」とは伝えません。

ピアノが得意な人がいればどんどん弾いてほしいし、利用者さんを外出にどんどん連れていきたい人がいればどんどん連れ出してほしいし、スタッフにとっての“ふつう”も大事にしながら現場に入ってもらっています。

思いや理念の共有ができても、オーダーメイド方式で支援していくためのスキルを身につけたり、考え方を一緒に身につけてながらやっていくことに苦労しているところです。勉強会や飲み会、現場で何回も話していく中で、たまに、ぶつかることだってあります。本当、その繰り返し、繰り返しなんです。

少しずつですが、スタッフもうちのスタイルでやってきてくれるようになってきました。まだまだ道半ばですし、先は長いけれど、介護を現場で行う私たち自身も、手間をかけて価値を高めていきたいと思います。

(終わり)

前編はこちら

語り手:橘友博(合同会社くらしラボ 代表 兼 主任ケアマネージャー)
聞き手:上泰寿(てまえ〜temae〜編集長)
インタビュー場所:小規模多機能ホームくらしの家
インタビュー日:令和2年10月7日
取材協力:合同会社くらしラボ
○編集後記
僕は前職のほとんどを福祉の世界の人たちと仕事をしてきました。その中で特にご一緒させていただいたのがケアマネージャー(以下:ケアマネ)さんたち。僕自身、ケアマネさんたちにとても助けられてきました。編集者を目指そうと思ったのは、憧れではなく、ケアマネさんたちの仕事を見てきたり、自分自身がやってきた仕事(ソーシャルワーク)で培ってきたことを活かせることはないか考えたりする過程で、編集者という選択が出てきたという流れです。

関わるクライアントが違えば、背景や周りの人たちや環境も違う。だからこそ、ケアマネさんは多くの職種と関わる機会がとても多い仕事ですし、一人の高齢者が望む生活を作っていくという意味では一種の編集者だと思っています。

記事中にあった通り、介護の現場では「時間がかかる」「手間がかかる」との声が多く聞かれますし、実際、一人一人のケアは大変です。ただ、介護は現状維持のためでも、慰安のためのサービスではありません。橘さんのおっしゃる通り、「手間がかかること」に価値があるんです。機械的に決められたことを決められた時間にするのではなく、自分の意思で自分のことを決めてもらい(時には人の手を借りることも必要でしょう)生活するための背中押しの時間だと僕は思っています。

そのために、ケアマネさんたちはクライアントさんに判断材料を提供する。現在も、そして未来も介護の現場は大変なことは変わらないかもしれない。それでも、クライアントさん自身もですし、そこに関わる人たちの意思が反映される、一人一人のためのオーダーメイド方式の介護サービスが少しずつでも拡がっていってほしい、そんな思いが今回の取材を通して感じました。

橘さん、合同会社くらしラボの皆さん、ありがとうございました。

編集長 上泰寿

上泰寿(かみさま)

上泰寿(かみさま)

フリーランス。鹿児島県出身。10年間市役所に勤務し、現在は編集者見習いとして、「聞くこと」「書くこと」「一緒に風景をみること」を軸に基礎的な力の向上を図っている。